カイトボード 動画


# by hwindlife | 2011-11-16 20:41 | カイトボーディング  

今日もいい風

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# by hwindlife | 2011-11-15 20:05 | カイトボーディング  

海の色は何色??

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久米島にカイトとパラをする、素敵なご夫婦がいる。
ブログにアップされるその写真は、どれも美しい海だ。
青かったり、明るいグリーンだったり、また砂浜は、眩しいくらい白い。
ぼくはいつもその写真を見て、目をみはり、少しだけ溜息をつく・・・。

カイトにカメラをつけて、自分のライディングを撮ってみた。
同じ海だけれど、その「色」は、残酷なまでに異なる・・・。
この、ローカルな海を愛しているからこそ、目の当たりにするこの差を
苦しく受け止める・・・。

汚れた海が、その本来の姿を取り戻せたとしても
そこには気の遠くなるような年月が必要なのだ。

# by hwindlife | 2011-11-14 20:09 | カイトボーディング  

宇宙飛行士

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10才のとき、アポロが月に行った。
ぼくはその夏、新聞やテレビにかじりつき、その快挙に興奮した。
小さな頃から、空を見上げるのが好きだった。
月を、星を、ずっと見て、そしてその月から星から、この地球を見ると
やはりこんなんなのだろうかと、想像した。
まだそのころの名古屋は、空は暗くて、いまよりずっと星がきれいだった。

そんな「月」に、ロケットがゆくのだ。
地球と月のスケールモデルを新聞で見て、そしてその距離感に驚いて
そこへゆく「冒険」に心、躍った。
その夏の自由研究は、「アポロ11号の軌跡」だった。

ぼくはその後、宇宙飛行士になりたいと思った。
小学校の先生にそのことを話すと、「もっと現実的な夢を見なさい」と言われた。
母親に、話すと、「日本人は宇宙飛行士にはなれないのよ」と真顔で言った。
そんな時代だった。
けっして、彼らのせいではなく、ぼくはいつか
そんな思いになったことすらしばらく忘れていた。

就職して、システムエンジニアという仕事についたとき
ある仕事に巡り合った。
あの、NASAのシステム開発チームが開発したシステムを
日本の企業に、日本バージョンにカスタマイズ開発をする仕事だった。
マニュアルはすべて英語、いんろんなQ&Aはすべて英語で電話!もしはtelexで、という環境。
まだ、電子メールなるもの、いやインターネットすらない時代だった。
その、システムは膨大なもので、深く知れば知るほど
驚きの連続だった。
アルゴリズムも、データーのストリームデザインも、思いもつかない奇抜さ
複雑さで、やはりNASAか!と、感心しきり。
寝る間も惜しんで向き合った数年間だった。
月にゆく弾道計算と、その仕事のアルゴリズムがどこかでつながっている気がして
ぼくは嬉しかった。
コンピューターの仕事が、会計計算だけでなく、そんな夢を担っているのを実感して
自分の仕事が誇らしかった。
起業しよう・・・26才のとき、その気持ちの延長で決断した。

今でも、ぼくは夜の空を見上げるのが好きだ。
ぼくは宇宙飛行士にはなれなかったけれど、昔、今の息子の年齢と同じころ
なりたいと思ったその自分が愛おしい。
息子に、よく、将来、何になりたいかと聞く。
決まって、パパは?と聞かれ、ぼくいは迷いもなく答える。
残念だった・・・とも。

好きなコミックがある。
「宇宙兄弟」
これは面白い。
来年、映画化されるそうだ。
楽しみでしかたない。

# by hwindlife | 2011-11-13 00:28 | 好きなこと大切なこと  

富良野

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雨の富良野周辺に、何日か滞在した。
雨は山の高いところでは雪に変わった。
雲が低く垂れこめて、秋の紅葉は、少し滲んだような色に見えた。

気になっていた珈琲屋、「森の時計」。
すっかりと暗くなった時間。
暗い雨の森をしばらく歩いて、そこを訪れた。
あの、ドラマ、「優しい時間」の舞台・・・。
あのログハウスは、森の奥に静かに建っていた。
カウンターで、ミルでゴリゴリと豆を挽くと、素敵な香りとともに
あのドラマの切なさが、蘇った。

息子と父親の確執。
それでも、寄り添いたいと、息子が想う気持ち。
この、静かな、北の大地で、ただでさえ寂しいこの場所で
すれ違う、親子。
切ない・・・。

カウンター前の大きなウインドウは、外の暗い森と、反射した自分の顔を映していた。
自分をじっと見つめながら、珈琲の香りを嗅ぎ、息子のことを想った。
そして、やっぱり、老けたな・・・とぼんやり思った。
マスターと目があった。
何か言いたげだったが、言葉はなかった。
それが、よかった。

倉本さんのエッセイを、自分へのお土産にした。
深いこの土地への思いと、少しかたくなな、自分にも少し似た不器用な生きざまに
また改めて惹かれた。

数日で、この土地がわかるはずもない。
わかりたいと思えば、身を沈める覚悟で住むしかない。
観光で訪れ、ヨカッタヨカッタと通過するのはあまりに「軽く」・・・。
でも自分も同じ。
ここに住む人を、思う。
長い冬に耐えて、自然と向き合って生きる人たちを思う。
辛抱強く、厳しいこの土地に住むのは、何故だ。
遅い春が来て、待ち焦がれた短い夏に一斉に花が咲く。
ここに住み、厳しい冬を過ぎた者にとって、その夏は特別なのか。
たまたま訪れた旅行者などには、けしてわからない何かがあるのか。
雨に煙って、今は見えない、十勝岳の山並み方角を見つめながら
しばらく、旅行者の憂鬱にひたっていた。

# by hwindlife | 2011-11-09 00:34 | 好きなこと大切なこと