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試される意味

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波の頭は、飛沫となって風下へ飛び散っている。
そこから5M、いや10M下に、波の「底」が見える。
「底」にいるとき、風を感ぜず、一瞬の隙がある。
視界は波に閉ざされ、大きな海の中にいることを、少しだけ忘れる。
次の瞬間、船は波の斜面を斜めにあがり、そして再び波の頭へ。
急に強い風に船は大きく傾き、風上に切りあがる。
リギンがギシッと鈍い音を立てる。
風下へ舵をとり、再び波の斜面を、「底」に向かって滑り落ちる。
そして一瞬の間・・・。
再び波の斜面を、張りつめた緊迫の「頭」に向かってのぼる。

そんなことをどれくらい繰り返しているだろう。
台風と前線の狭間に迷い込んだヨットは、歩くよりも遅い速度で
目的地の方向へ、にじりよっていこうとしていた。
確かに疲れる。
強風の風上へ「のぼる」のは、確かに、気力を消耗する。
これより、厳しい状況に身をおいたことはあるのだ。
自分の経験値の範囲ではあるが、確かに疲れる・・・・・。
天候の予測は間違っていなかった。
しかしながら、ある不可抗力によって、数時間失った。
それがいま、この状況に身を置く、直接的理由だ。
「不可抗力」すら、予測し、そしてこんな嵐に出会わないマージンを
必ず確保しなければ「旅」に出られないなら、そんなのは意味がない・・・とさえ思う。
ここに身を置く理由は、ここで自分がどう振る舞うかを、自分が経験したいからだ。
海に、嵐に、試されているのではない。

でも今日はひとりではなかった。
同乗者がいる。
それを含めた「振る舞い」が必要だ。
ぼくは風上を睨んだ。
今向かう先は、もう少し荒れている。
海の色は黒く、空もまた同様で、にらみ返されたように感じた。
ぼくは風下を眺めた。
今来た「みち」だ。
背中で風を受けると、気持ち、穏やかになったかのように感じる。
再び、風上に目を移してすぐに決心した。
戻ろう・・・風下へ。
すぐに舵をスタボードサイドに大きく切り、波間を下り始めた・・・・。

追いつめられると、どんどんと冷静になってゆく自分がいる。
もちろん、動揺し、緊張して、しびれることだってあるわけだが
多くの場合、ぼくはどんどん、クールになってゆく。
自然は怖ろしい。
あんな平らな海面が、ひとたび荒れると、見たこともないような小山の連続となり
それはそこにじっとするのではなく、勢いよく動き、迫ってくるのだ。
じゃあ、ぼくはそこで、どうする?
風上だ、風下だ、メインを出せ、引け、波間を下れ、斜めにのぼれ・・・。
やがてそれは自分の中でリズムとなり、脊髄反応になって、怖れの意識は遠のき
無意識の、まるで瞑想ののような状態になる。
一種のトランス状態・・・。

逃げたわけじゃないし・・・と自分に言い聞かせる。
風下へ向かったのは、確かに正しい判断だったはずだ。
いくつかの判断・・というより、「動作」の一環で、風下ゆきになったのだ。
だから、しばらく下った風の遮られた湾に入り込んだ時も、「負けた」感はなかった。
むしろ、自然と「やりとり」した充実感があったのだ。

その夜、なぜがなかなか寝付けなかった。
あの風の音が、耳に残っていた。
波の斜面の様子が、目の奥に、残っていた。
逃げたわけじゃないし・・・もう一度口に出して、言ってみた・・・・。

by hwindlife | 2010-09-27 23:38 | 自然について  

スナメリとオールド・ジェントルマン



今週から、紀伊半島の先端、串本から70歳のTさんがヨットスクールを
受講してくれている。
友人からヨットを譲り受けたから、乗りこなすセーリング技術を習得したいというリクエスト。
それは泊りがけ、5日間のコース。

初日からこの季節には珍しい北西の風が強く吹いた。
翌日もその風は残り、大きくヒールしながらヨットははしり、レッスンは続いた。
失礼ながら、その年齢を心配していた・・・・。
この二日間、レッスンさせていただき、またセーリング中いろんな話をお伺いし
その「心配」が、ほんとに「失礼」だったことがわかった。
Tさんは串本で長年ダイビングサービスの会社をされていた、いわば、「海のプロ」。
動きは緩やかだが、海や風を見る目は鋭く、的確だ。
始めて乗る、少し大きめのヨットのかじ取りも、すぐに慣れて的確だ。

少し不安定にシフトする風の中、少し長くセーリングするレッスンプランを考えた。
風を受けて反応するヨットの状態を、少し長い時間感じてもらえれば
Tさんは今までの海の経験から、多くの類推をして、そしてご自分で
学ばれていくのだと思った。
スタボードサイドで、大島を抜け、約二時間ほど西浦沖へずっと伸ばした。
シフトする風に最初はためらっていたが、そのうち風に反応しはじめた。
「対応」ではなく「反応」になるには時間がかかるものだ。
でも、すぐに「反応」した、ヘルムをするようになっていた・・・・。

新しいことを始めるのには、年齢など関係ない。
確かにそうだが、物理的、肉体的限界があることも事実だ。
だからぼくは、いまからヨット技術を習得し、そして日本をまだ旅するのだという
Tさんを、リスペクトする。
ぼくも、それに少しでもお役に立ちたいと、強く思う。

海はすばらしい。
存在そのものもそうだが、そこに人を惹きつけて、「生きがい」を与えてくれる。
海はただの海水のたまり場ではない。
魚やクジラや、クラゲや貝や、海亀や・・・そして人が生きる場所なのだ。
ぼくは強い潮風に吹かれながら、澄み渡った空を見た。
秋の気配の空だった。
遠く霞んではいるが見渡せる、三重県の島を見た。
自分の今の場所から、そこへずっと続く海が、いつもと違った色に見えた。
尊敬すべきオールド・ソルトが無心に舵を取っているのを振り返り、見た。
こんな出会いがあるから、ぼくは海で、こんなことをしているのだと、思った・・・。

西浦沖、いつもの場所、スナメリの群れがTさんを歓迎するかのように現れた。
10頭くらいの群れ、子どもスナメリの姿も見える。
「歓迎会」は30分くらい続いた。
いたく、喜んでもらえた。
いつも彼らには、感謝だ。

by hwindlife | 2010-09-14 22:29 | ヨット