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息子の誕生日

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今日、息子七歳の誕生日。
はやいものだ・・・・・。

七年前の今日、息子は産まれた。
その直前まで、ぼくは海のうえだった。
息子がもう、まもなく産まれる!
病院からの電話を海の上で聞き、そして急いでヨットをマリーナに着け
病院へと向かった。
なんとなく実感がわかず、不思議な気分だった。

そして息子と対面してもなお、実感に乏しかった。
でも、嬉しかった・・・。

最近の息子は、多くの話ができる相手になり、実感どころか自分の
一部になっているような気さえする。
息子が育っていくのを見つめることは、なにごとよりも楽しく心躍る。
息子の悲しみは、なにごとよりもぼくの胸を締め付ける。
ヨットのインストラクションのごとく、できるだけ自分の力で進むように
心配だけれど手をださずに、それでいて強い安心の後ろ盾になってやれればと思う。

先日、息子が同級生とケンカをして帰ってきた。
どうも最後にゲンコツで顔を殴られ、泣いて帰ってきたようだ。
顔が少し腫れている・・・・。
夜になって、担任の先生から電話があった。
事情を説明してくれたが、ぼくは息子から聞かねば・・・と思った。
しばらく、息子と話をした。

ケンカはしょうがない。
殴られたのも、たとえそれがゲンコツでも、やむ追えない。
でも、最後、泣いて帰ってくるとはどういうことだ、とぼくは詰問した。
相手がわけもなく、ふざけてちょっかいを出してきたという。
それに対して、息子はやめろ・・と対応したが、それに相手が逆上し
殴りかかったという。
息子も、なんとかやり返した。
でも、悲しいかな小さな息子、非力でやり返された。

どうするんだ・・・。
このまま、泣き寝入るのか。
やり返すか、でも、またやり返されるか。
じゃあ、不意打ちにしてやるか。
それとも、その相手から、またやられないように、逃げまわるか。
みんなの前で、泣かされたんだぞ。
みんなが見てたんだ。
お前が泣いて帰っていくのを・・・・・。

息子はぼくに、気持ちを話した。
自分はわるくない、だから、ちゃんと話をつける・・・と。
そうか、じゃあ、パパは何もしてやれないが、明日先生にお願いしろ。
みんなの前で、昨日のこと、どうして起こったのか、なぜ殴られなきゃいけないのか
相手と話をさせてほしいと。
息子は決心したような面持ちでひとこと、わかった・・・そうする・・・と。

ぼくはその夜、先生に手紙を書いた。
息子が相手と「対決」する場を作ってやってほしい・・・と。
「おとこ」として、こういったことにちゃんと立ち向かう姿勢をつけさせたいと・・・。
息子が、先生にそれを頼みに行ったら、聞いてやってほしい・・・と。

翌日、息子は晴れ晴れとした面持ちで帰ってきた。
夜になり、先生も電話をくれた。
授業の時間を割いて、みんなの前で二人で話をする機会を作ってくれたそうだ。
息子はちゃんと話をし、そしてわけもなく、じゃれたあげくに、げんこつで殴ったことを
相手は息子にわび、そして握手をした・・・。

対応してくれた先生に感謝だ。
少し出しゃばったかな・・・と反省もしたが
息子の気持ちが強かったことが嬉しくもあった。

この春、一年生になりたての息子に起こった、最初の「事件」。
少しだけ息子を「大きく」させてくれた。
強い、息子を感じることもできた。
ぼくは、これから、もっと息子を信頼し、見守っていきたいと思う。

もし息子が不安でぼくを振り返った時、だいじょうぶだ、おまえはやれる、いけ!と合図だけ送る。
息子を信じて、手を出さずに・・・・。
おまえはやれる!だいじょうぶだ!
おれの息子だから・・・・と。

by hwindlife | 2010-05-25 23:57 | 家族のこと  

答志島 再び・・・・

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ISPAディスキッパーコースの仕上げとしてスクール生Kさんとクルーズ&ランに
でかけることにした。
目的地は答志島。蒲郡から25マイル、伊良湖水道を超えた向こうに浮かぶ島。
まずは「パッセージプランニング」をしてもらう。
海図をもとに、転進点を決めてそこまでの方角と距離を割り出す。
潮の早さや船の速度を考慮して到達時間を予測。今日一日のクルーズの青写真を描くのだ。
加えて土曜日は大潮。最干潮時には港のアプローチも係留も難しい。
その時間をはずして島へ到着するため、昼近くになってホームポートを出航した。



風は南に振れた。。シーブリーズとなって心地よい。
エンジンをとめてセーリングですすむ。
伊良湖水道の一部でエンジンをかけるが、こえると再びセーリング。
風の音、波の音、風に震えるリギンの音・・・・。それだけ。
セーリングの時間は至福だ。ヨットに始めて乗った時、音もなくあの大きさの乗り物が
滑るように海原をすすむのに驚き、そして感動した。
それはその後も、ずっと「感動」のままだ。

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16時、答志島の和具漁港に入港しいつもの岸壁に係留した。
今日は食材を持参している。ヨットのデッキでお肉を焼いてパスタをゆでる。
それにアサリスープとサラダ。
少しのアルコールを飲み、夕方の風に吹かれながら日暮を眺めた。静かだ・・・・。
誰もいない静かな港の中、だんだんと濃い藍になってゆく空を時間を気にせずに見つめる。
飛行機雲が光っている・・・・。

20時過ぎ、いつものホテルの温泉に入りにゆく。
湯上りで暖まった体に、少し冷えてる空気がきもちいい。
再びヨットのデッキでしばらくくつろぎ、早めに眠りについた。

翌日は風がない。島をぐるりと一周、ナビゲーションの練習をしながらすすむ。
後は蒲郡までまっすぐに。
大島の沖で最後のトレーニング、アンカリングを行って、コース終了とした。

これでもか・・・と黒くなった・・・。

by hwindlife | 2010-05-17 20:21 | ヨット  

「夢」を再び・・・

ぼくはいま、「海」に関わるインストラクションをしている。
人生の折り返し地点をとっくにすぎて、実は若き頃、夢見て、望んでいたことを
やっと今していることに、気がつく。

ぼくは「山」が好きだった。いや、いまでも好きだ。
ハイキング、オリエンテーリングから始まったぼくの「山」は、ロッククライミング
アイスクライミングと形を変えてゆき、そのフィールドも日本アルプスからヨーロッパアルプス
アラスカ、アメリカヨセミテ、コロラド、南米パタゴニア、そしてヒマラヤへと広がった。
技術を高め、より高度な頂きを目指す中に自分の生きがいを感じながらも、ぼくはいつも
思っていた。
いつかは、ヨーロッパアルプスで山岳ガイドになろう・・・・と。
フランス、シャモニでその存在を知り、山を愛する文化がヨーロッパに根付いていて
ガイドという職業は、単に技術指導するのではなく、もちろんテクニックの指導も伴った
山案内(ガイド)をするのを知って、その職業に憧れた。
ガイドは山のすばらしさを伝えることが、なによりも重要な役目のようにみえた。
社会的な地位も高く評価されていた。
それなりになるには難しく、フランス登山学校を卒業して、実技の試験に通る必要があり
日本でいえばプロ野球選手になるのに匹敵するほどだとその頃は感じたものだ。

ある顧客がマッターホルンに登りたいとオファーするとする。
ガイドはまず顧客の技術と、その意思をしっかりと確認する。
そして、必要ならそこへいくためのトレーニングを開始する。
顧客の技術レベルがあがったのを見計らい、天候などのコンディションを見きって
クライミングを開始する。
時にはリードし、時には顧客にリードさせ、安全にそれでいて充実感に満たしながら
高みに登る。
フランスのアルプスの山小屋は、とても清潔で居心地のよいところが多い。
ときはそんなところに泊り、ガイドは持ち込んだ食材で、山上とは思えないような
豪華なフランス料理をふるまう。
顧客は至福の時間に包まれる。
ガイドの指示は絶対的だ。
顧客も、そこでは絶対の信頼をガイドに持ち、パートナーとしてもなりたっている・・・。

ぼくはそんなガイドになりたくて、クライミングの実績も積み上げ、スキーだってがんばった。
ある事件がなければ、ぼくはまっすぐにそこへ進んだはずだと、今でも思う。

今では一年中、ぼくは海にでる。
インストラクターではあるが、優秀なそれになることが目標ではない。
そう、ぼくはいま、海のガイドになりたいと望む。
教えたい・・・のではなく、伝えたい・・・のだ。
ずいぶんと時間がたって、ぼくは人生の後半に、そのスタートラインに立っている。

by hwindlife | 2010-05-12 00:26 | 好きなこと大切なこと  

セーリングクルーザー レッスン



土日はセーリング クルーザーのスクールを実施した。コンピテントクルーコースとディスキッパーコースを同時に開催。土曜日はやや強めの北西風が吹き、セーリングには最高のコンディション。スクール生Kさんのヘルムで出航、三河大島周辺で練習を繰り返した。
ポイントオブセーイルを正しく理解するために、アビームセーリングから始まり、クローズドリーチ、クローズホールド、ブロードリーチと角度を変えて走る。次にカミングアバウト、ジャイビングを繰り返す。動くと暑い・・・。
三谷漁港に入り、ドッキングの練習。そしてお昼ご飯。
午後マリーナに帰り、再びドッキングの練習。そして船内でしばらくテキストをベースにした講習を行った。Kさんはずいぶんと筋がいい。

日曜日、コンピテントクルー参加のMさんを加えてスクール開始。今日は土曜日よりは風が弱いがそこそこ吹いている。風の予報は午前中北西、午後には南に振れてシーブリーズが吹く可能性がある。大島を大きく南から回り込み蒲郡港へアプローチするコースでレッスンを始めた。カミングアバウトを役割を変えながら何度も行い、蒲郡港航路へ。風が振れ始めた中、蒲郡港へ到着。目指した桟橋は先客でいっぱい。岸壁に「槍づけ」することにした。少しここで誤算。アンカリング中、風が180度振れる。加えて強いブリーズ。ヨットは岸壁に吸い寄せられるように、張り付く。手前の海面に打ったアンカーで船を岸壁から少しでも離し、フェンダーで防護して着岸とした。こんなイレギュラーな対応は勉強になり力になる。現場力ってやつだ。机上や、守られた穏やかなマリーナだけではけして学べない技術がある。多くのイレギュラーなケースを経験することこそが、ヨットを「学ぶ」ということなのだと思う。

僕の師匠のボブさんは、これからインストラクションをはじめようとしていたぼくに、言った言葉がある。

「インスタラクターの手は最後のタイミングまでポケットの中・・・・だ」

インストラクションをするとき、事前に簡潔に目的とシーケンスを説明し、その後は生徒に出来るだけ任せる。手や口を出しすぎるな・・・ということだ。とくに、セーリングクルーザーのレッスンなどは、インスラクターが動き過ぎると、生徒が学ぶ機会を損ない、それでも船は走るから習得したと勘違いしてしまう。自分でやる、その結果を自分で受けて、そして考え、動く。インストラクターは船が重大な状況になる手前まではじっと我慢して、それを見守る。生徒を信じる・・・ということだろうか・・・・。
これは、子どもの教育そのものではないか・・・。そう、感じる。

それにしてもこの週末、2日とも天気がよかった、いやよすぎた。
おかげで顔や手は真っ黒、日本人ではなくなった・・・・。

by hwindlife | 2010-05-10 23:38 | ヨット  

クルージングの楽しみ

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浦村の牡蠣食べ放題

船で旅をするとき、その先々で美味しいものに出会えることが大きな楽しみだ。
長崎までヨットで旅した時も、寄港する港やマリーナの近くに美味しいお店がないかとか
そこの地方の特産物はなにかなど、事前にネットで調べまくったものだ。
広島では定番のお好み焼きを、レンタカーを借りてまで食べに行ったし、福岡では
毎晩のように中州に通って屋台の料理を堪能した。
尾道ではラーメンを食べるためにずいぶんと遠回りをした。
そういえば、尾道近く、境ガ浜マリーナの前に素敵なイタリアンのお店があった。
夕方、まだ日が落ちる前にその店にゆき、ゆっくりと海を見ながら食事をした。
あとから来たお客は、どこか欧州の人たちで、そこがまるで遠い外国にいるような気分に
なったのを覚えている。いい、雰囲気、時間だった。
長崎はやはり、チャンンポン。
半年近く停泊したマリーナから、何度も長崎市街まで足を運び、中華街を楽しんだ。
チャンポンはやはり美味しかった。
それからずっと、ぼくはチャンポンが好きだ。
紀伊半島の南、賀田という場所へ、「クエ」を食べに行ったこともある。
1m以上の大きな魚で、ゼラチン質の部分が美味しかった。
フグより旨い!といわれる幻の魚だ。

鳥羽周辺も海産物が特に美味しい。
先日のクルージングで食べた美味しいもの・・・・。
浦村の牡蠣、鳥羽港で食べたてこね寿司、答心島で食べたニシ貝、地のものばかりのお寿司・・・。
そろそろウニも美味しい季節だけれど、これは次回に。
「食」をテーマにしたクルージングは、何度同じ場所に行っても飽きないし、楽しい。
季節を変えれば、その食材も変わるし・・・。

「クルージングの食」にひとつだけ、忘れられない、ちょっと苦い思い出がある。
それは何年も前、冒険家の先輩と二人で紀伊勝浦を訪れたときのこと。
ぼくたちは勝浦の港にヨットをつけて、どこか地魚を食べさせてくれる店はないかと
街中を歩きまわった。
そこで見つけた「まぐろの店」。
店にはいると、カウンターには見慣れない名前の書いた短冊がところ狭しと垂れ下がっている。
そう、まぐろの部位の名前だ。
内臓も頭も、ほとんどすべて無駄なく食べるのだ。
この近海で揚がるからこそなのだろう。
選ぶことが難しいので、大将にお任せしていろんな「まぐろ」を出してもらった。
しばらくして少し食感の違うものが・・・。
聞けば、クジラ。
そしてもうひとつは、なんと、イルカ。
このあたりは、クジラ、イルカ漁もまだ行われているのだ。
市場にはほとんど出ないが、こうして地元では消費されている。
ぼくは、急に食欲が落ち、それだけなく気分が悪くなってきた。
先輩も同様だという。
早々に、そのお店を退散した。
その夜、ぼくは言い知れぬ罪悪感で眠れなかった。
あの「食感」もなかなか消えない。
マグロだって同じじゃないか・・・そう言われるかもしれない。
確かに・・。
でも、なにか、割り切れない思いがあって、クジラやイルカはぼくにとっては特別だ。
ぼくはベジタリアンではない。
肉だって食べる。
だから矛盾だらけだけれど・・・・あのときの「苦い思い」は強くまだ残っている。

・・・でも矛盾に満ちたぼくはまた、鳥羽へ旬な魚を食べに出かける。
なんだか、ずっと、わりきれないけど・・・。

by hwindlife | 2010-05-07 23:52 | ヨット  

鳥羽 ヨット クルーズ&ランの旅

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ゴールデンウイーク前半は、鳥羽方面へのクルーズ&ランのスクール。
少し強風が予想されていて少し迷ったが、直前まで天気図とにらめっこし
大丈夫!と確信して生徒さんとダブルハンドででかけた。
船を走らせてまもなく、スナメリが現れる!
なんだか嬉しい・・・。
天気は上々、でも伊良湖岬に近づくと風はあがってくる。
不思議にここは、いつでも強い風が吹く。
風の通り道になっているようだ。
伊良湖水道は大型船がゆきかう。
ここを通過するのはいつも緊張する。
丁寧に周囲をワッチし、できるだけ航路に対して垂直、最短距離で進む。
大型船は遠くに見えても、速い。
くわえてここの海域は潮の流れと太平洋のうねりが微妙に重なり
不規則な海面を作り出している。
ヘルムも慎重さが必要だ。
波に合わせ、進路もキープしながらのヘルムは生徒さんにとってもいい練習になるはずだ。
ここを超えれば、北西の風は答志島のブランケットに入り、弱まる。
答志島と菅島の間の水路を、港の灯台などと目印にナビゲーションしながら
すすんでゆく。

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今日は鳥羽国際ホテルの桟橋へ。
ちょうど大潮、桟橋周辺の深さは最低で2.1mほど。
トレードウィンドの「深さ」は2.1mなのでギリギリ着底するかしないか・・。
慎重にデプスをにらみ、着岸した。
蒲郡から5時間。風がよくていい練習日となった。

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翌日は周辺の島の間を縫うように進み、ナビゲーショントレーニング。
途中、セーリング練習。
菅島の南の海面は広く、風も綺麗に抜けてセーリングの練習にいい。
ずいぶんと手際もよくなってきた生徒さん。
ポイントオブセイルを体で覚えるため、なんどもタックを繰り返す。
今日は少し早めに、浦村の奥、海香マリーナ前の浮き桟橋にもやった。
少し遅めのお昼に、近くの牡蠣漁師が営む「牡蠣食べ放題」へ。
もう一年は食べなくていいと思うほど頂き、船に帰る。
夜は満月がゆっくりと東の空からのぼり、海面にそれが揺れてうつり
幻想的だった。

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三日目、再び強風。
浦村にも20ノット以上の風が入ってきている。
今日は再びヨセマル周辺でセーリングしたあと、答志島へ向かうことにした。
答志島は和具の港へ入港する。
入港のアプローチは、周辺の水深が浅いので慎重にすすむ。
また、漁港の中は狭く、深さが確保できる水域が狭いので慌てると
ろくなことがない。
港の外で、どちらのサイドにもとめられるように準備。
くわえて槍付けも想定してアンカーを準備した。
港に入ってすぐ、漁船の真後ろの狭いスペースに、張り付くように着岸。
水深はまだまだ浅くなり、着岸した堤防のしたがえぐれていて、そこへ
船が入りこみそうになる。
何度も、いろんなケースを想定しながらもやいをなおした。
こうした実践は、なかなかマリーナのレッスンではできない。
いい経験になったと思う。
夕食は、いつもの港近くの居酒屋「大春」へ。
地元の漁師としばし軽口をたたきながら、少しほろ酔いで船に帰った。

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最終日、風は穏やか。
ゆっくりと蒲郡へ帰港する。
途中、再び伊良湖水道では大型船とのやりとりを復習。
その後、走る船の中で島で仕入れた伊勢うどんを作った。
再びスナメリを目撃。
いつもだが、なんだか幸せな気持ちにさせてくれる。

天気に恵まれたクルージングだった。
やはり、クルーズ&ランで得るものは大きい。
ぼくはいつも、自分の学んだカナダ、ガルフの島々と鳥羽、五か所周辺の
島々を比べてみる。
確かにカナダの自然は壮大だが、この周辺の海域の魅力もけして遜色ない。
これからもっとバリエーションを増やし、多くの人たちを案内したいものだと思う。

by hwindlife | 2010-05-02 19:36 | ヨット