<   2008年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 

「BIG WEDNESDAY」・・・・・刹那な生きざま

先日、映画「BIG WEDNESDAY」をDVDで見ました。
それは今、ゆっくりと読み進めているジェリー・ロペスの本に、その映画に出演した・・・・
というくだりがあったからです。
懐かしく、それでいて仔細は忘れてしまっていて、また観てみたい・・・そう思ったのです。
十年以上もはるか昔、一度ならず何度か観たはずです。

波乗りをすることがにライフスタイルの中心の若者の生きざまを描いたストーリー。
シンプルな話だけれど、だからこそ今観ても、色あせて感じません。
それどころか、少し刺激される部分もあって、あらためて名作なんだなって感じました。

若き頃、刹那的な生き様に憧れました。
その瞬間にすべてを燃焼しつくすような生き方。
その大切な「一瞬」がたとえその先に意味をなさなかったり、マイナスになろうとも
そんなことに囚われない・・・・・。
無駄に長く生きるより、短く熱く生きたい・・・・・そんな風に思っていました。
それが「BIG WEDNESDAY」では対象がサーフィンであり、あの頃のぼくにとっては
クライミングでした。
一瞬の恍惚に出会うために、すべてをそれに賭ける・・・・・。
そんな生き方は「大人」になることによって、失ってしまう・・・そうも思っていました。

でも・・・・知らぬうちにクライミングにも「打算」を持ち込んでいる自分がいました。
これを登れば有名になれる、そうすればあのスポンサーについてもらえる、そして
あの行きたい山にもいける・・・・。
瞬間に生きたかったはずなのに、クライミングに打算を持ち込んだ自分に気がついたとき
ぼくは登る意味を見失いました・・・。
あのとき、ぼくはある意味「子供」と「大人」の狭間にいました。
大人になんかなりたくない・・・そうずっと思っていたのに、世間の常識や慣習に流されて
なってゆく自分がいました。
キライな「大人」になってゆく自分がいました。

強く、自分に失望しかけました。
それを打ち消すためにも、大きな自分に対する問いかけが必要でした。
自分を試し、打算的な自分を否定するためにも、ギリギリのところに自分をおく必要が
あったのです。
結果・・・・ぼくは、その山で負け、二度と帰ることができないほどの「傷」を体と心に
受けてしまいました。
だから・・・・山を想うと、懐かしさと哀しさと、そして少しだけの悔しさが今でも心の奥に
残っています。

人生のターニングポイントをとっくに超えたいま。
ぼくはまた、あの頃の刹那的な生き方に憧れています。
あの頃のように、エッジに自分を置くことができないとしても・・・・・です。
もう人間としては、いらぬことをたくさん心に蓄えてしまっているから
なかなか純粋になることが難しい。
でも、好きなこと、綺麗なもの、キライなこと、こだわりたいもの、そんなことをいつもしっかり
感じながら、流されず生きてゆきたいものです。

好きなことをして生きてゆくことは難しい。
でも、なんのために生きるのか、なんのために自分がいるのかを思い起こせば
そうしていくしか道はない・・・・・そう思うのです。

「BIG WEDNESDAY」では青年たちが社会に紛れてゆく狭間を描いています。
紛れてゆくときは、なんだか「夏」が終わってしまったときのように寂しい。
でも人はきっと、その概念的な「大人」から、また再び「子供」に戻ってくるのが自然のような
気がします。
歳を重ねた末、また子供の純粋な心に戻ってゆき、瞬間を大切にする生き方ができる。
そうであったら素敵だと、思います。

残された「時」を大切にするために・・・・。

by hwindlife | 2008-11-28 00:48  

躍動の海

f0158239_022072.jpg

この季節になると、外海が恋しくなります。
外海・・・というのは、ここらあたりでは太平洋に面した御前崎周辺の海です。
波は当然高く、風が吹く確立も、その強さも三河湾や伊勢湾よりも圧倒的に高い。
当然、技術的にも難しくなりますから、何度通っても緊張します。

その緊張は、高速道路を走っているときから徐々に高まります。
最寄のインターを降りると、海までは一本道。
海を目の当たりにするまで、その緊張は高まってゆきます。
そして海・・・・・。
波、風、そしてその強さと向きを急に冷静になって図る自分がいます。

外海は常に「動いて」います。
何度、インサイドとアウトサイドを行き来しても、同じ表情の海面はありません。
時には大きくインサイドで割れ、時には何もなかったかのようなフラットになったり・・・・。
少し沖合いで、大きくブレイクすることもあります。
カイトを操作して、ボードを海面にあわせてコントロールします。
常に「動く」海に、自分を合わせます。
だから、しっかりと海を、波を、風を見る。
体はもちろん、ずっと「気持ち」も激しく動いたままです。
一瞬も、気が抜けないのです。

そして海からあがると、急に激しく疲れを感じます。
それは体とともに、精神的な部分に緊張が多いからでしょう。
でも、それが充実感を産み、楽しいのです。

外海に出た後は、数日、そのリズムが体に残ります。
波に合わせてボトムターンしていく感じ。
波にボードをあてて、カイトを返していく感じ。
下半身を柔軟にして、波を超えていく感じ。
これはとても心地いいものです。

外海は暖かい・・・・。
そうなのです。
遠州の海は水温も高く、周辺の気温も、愛知県の海に比べると高いのです。
風が強いので雲が少なく、だから明るい。
開放的な感じです。
それもぼくが、遠州の海が好きな理由のひとつでもあります。
冬の海は寒い・・・・・いえいえ、遠州の海は暖かい、それがぼくの実感です。

そこまで名古屋から二時間。
そしてカイトに二時間乗って、また二時間かけて帰る。
そんな小さなトリップを、ぼくはこの冬、何度することになるでしょう。
もっとあの海に、深く受け入れてもらえるように、ぼくは自分を磨かねばなりません・・・・・。

by hwindlife | 2008-11-22 00:15 | カイトボーディング  

いのち

昨晩、少し前から調子の悪かった猫のララが逝ってしまいました。
そして今日、今年二回目となる長楽寺で葬りました。
さくらが逝ってまだ100日と少ししか経っていないのに、二度もここへ来るなんて・・・。
悲しみと自分の無力さに対するせつなさとが入り混じった思いで、ぼくはお堂の蝋燭の灯りを
ぼんやりと見ていました・・・・・。

「いのち」には限りがあります。
犬や猫たちは10年から20年の寿命ですから、飼い主がそれを見送ることはほぼ必然です。
もちろん、こんな日が来ることをわかって、一緒に暮らしていますが
その日が来るたびに、悲しみに打ちひしがれ、寂しい思いが心の奥に溜まってゆきます。
そしてそれは人間にも必ず訪れることであり、、その悲しみを超えていかねばならないのが
宿命です。

言葉では「限りあるから美しいのだ」といいますが、自分にも訪れるその時を、まだ今は
冷静な気持ちで理解し、受け入れることはできません。
それを「悟る」ようなときが、いつかは来るのでしょうか・・・・・・。

残ったあと8匹のの猫達は、今日は心なしか静かです。
ララが逝ったことを、なんとなく動物の勘でわかるのでしょうか。
長男はもうその現実をちゃんと理解できる年齢です。
帰宅した後の、最初の会話も、その話題でした。

大切な家族です。
大切な「いのち」です。
逝くほうも、残されるほうも、悔いのない関わり方と生き方をしたいものです。

ララちゃんへ。
あまりぼくとは接点がありませんでした。
猫の「群れ」の中にいることで、あまりぼくと関わることができせんでした。
幸せでしたか?
ぼくの家族になって、幸せでしたか?

天国でも先に逝ったキーちゃんママと楽しくやれることを祈っています。
ありがとう・・・・ララ。

by hwindlife | 2008-11-19 22:26 | 家族のこと  

カナシイ習性

ぼくにはちょっとした癖・・・というか習性があります。
車で走っていて、ちょっとした橋を渡るとき、その川を凝視し、吟味してしまうこと・・・・。
川の水の水量、川岸から川へアプローチ、きれいな水かどうか・・・・・。
車がそこを通過する瞬間に、ぼくは覗き込むように「川」を吟味するのです。
そこが、彼女が遊ぶのに、適しているかどうか判断するために・・・・。

ぼくはいつものように、いつもの道を海に向かっていました。
この道は何度も、小さな川を越えてゆきます。
そしてあらためて、ふと気がつきました。
通いなれたこの道でも、ぼくは「川」が現れるたび、そこを覗き込んでいることに。
そして急に寂しくなりました。
もうそこへ、連れて行ってあげられる「彼女」もいないのです。
なんともカナシイ習性・・・・・・。

彼女が逝ってもう百ケ日もとうに過ぎました。
心の中にはまださくらは住んでいて、折に触れ思い出し、寂しくなります。
そして思うのです。
もっと好きな川へ連れて行ってあげればよかった。
もっと、もっと、散歩に連れて行ってあげればよかった。
もっと、ブラッシングもして、洗ってもあげて、もっともっと撫でてあげればよかった・・・・。
もっと、もっと・・・・・・。
彼女はずいぶん長い時間、いろんなことを「待って」いたに違いありません。

蒲郡市内のある川を覗き込んだとき、そこには一度も連れていかなかったことを思い出し
胸が急に痛み、哀しく、涙が零れそうになりました。
悔いても、もう時間は巻き戻せないのです。
この「悔い」を癒せるのは、「あきらめ」や「わりきり」しかないのでしょうか。
そうだとすれば、それもまた哀しいものです。

時間は流れてゆきます。
何もしなくても、過ぎてゆくのです。
瞬間を生きたい、輝かせたい、などと思いながら、結局流れている自分がいます。
そして、また、やれなかったことに悔いるのです。
相手がいることについては、特にそれは顕著です。
子供たちへの接し方についてもそうでしょう。
いつでも相手ができる・・・などと思っていれば、思わぬうちに子供たちは成長して
父親として接する「大切な期間」を逸してしまうかもしれません。

ゆっくりと生きたい・・・・と思います。
その一方で、瞬間を大切にした生き方をしたい・・・・そうも思います。
そのバランスが難しいな・・・。

ぼくのカナシイ習性は、ずっと続くでしょう。
それでいいと思います。
その何度かに一度、ぼくはさくらを思い出します。

だから、このままで・・・・・・・。

by hwindlife | 2008-11-17 01:17 | 好きなこと大切なこと  

30年の時間

f0158239_0181744.jpg

ぼくは今、約30歳年下の青年にカイトボーディングを教え、伝えています。
体育会系的性格ですが、スリムでしっかりとした青年です。
プライベートレッスンになることもあり、カイトを教えながらいろんな話もします。
彼は将来の夢を語り、ぼくはそれを聞いて、息子を想う気持ちで見守りたいとも思い
また、自分の30年前も思い出したりもするのです。
だから彼のレッスンの日は、なんだか楽しみでもあります。

彼の年齢の頃、ぼくは白い霞の中にいました。
なにか見えそうで見えない、つかめそうでつかめない、そんなジレンマの真っ只中でした。
大学を卒業して、社会に出てゆくことにどうしても実感がわかず、そして怖れてもいました。
自分が自分でなくなってしまうんじゃないかと・・・・・・。
じゃあ自分っていったいなんだ?・・・・・・。
もちろん答えは出ず、出口のないスパイラルの思考は、いつも心を憂鬱にしていました。
学校に失望していました。
周りの「大人」に失望していました。
そんなときに出会ったクライミング。
ぼくはそこへ突き進むしか道はない・・・・・そう思わざるえない状況がそこにありました。

彼は負けず嫌いです。
自分に、そしてきっと人にも。
うまくボードをコントロールできないと、とても悔しそうで、何度も何度も冷たい海に入ります。
ぼくは彼に、細かくは動作の指示をせず、どう感性と体のバランスを簡潔につたえたらいいか
考えながら、彼が、彼の体がそれに気づくのを辛抱強く見守っています。
もう、海の上を走れています。
一瞬のあの「快感」をもう彼は知っているし、だからいま少し苦しくてもくじけないでしょう。
そんな前向きな彼を見ていると、暖かな気持ちになってきます。
彼はきっとこの冬、限られた人にしかいけない「ゾーン」に必ず入るはずです。

若き日のぼくもずいぶんと負けず嫌いでした。
そんなに才能に恵まれたわけではないので、努力しか伸びる道がないことはわかっていました。
でも、なんだかクライミングはぼくの感性にぴったりとハマり、好きで好きでしょうがなかった。
好きこそものの・・・・という格言は正しく、時間を忘れて・・・というかすべての時間をそれに
かけて、ぼくはのめり込みました。
バイトもトレーニングも食事も、そして近所を歩くことすらも、すべてクライミングのためでした。
山にいけない日は、公園の石垣を登り、ジムには常連になって懸垂の回数を競いました。
50回の懸垂などたやすく、指一歩ですら懸垂できたほどです。
夜は防寒訓練だと称して、家のベランダで着の身、着のままで眠ったりしました。
母親に何度、止められたことか・・・・。
好きだ・・・・ということはとてつもないエネルギーを生み出すものです。

スキーもウィンドも、ヨットもカイトも「好き」が原動力となり、時間をそれに捧げることによって
才能をカバーしてきたのでした。

負けず嫌いだけでは、きっと続きません。
「好き」が一番、大きな支えです。
ぼくは若き彼に、カイトをそして海を好きになってもらいたい。
そうすれば、技術はほんの少しの躓いたときのアドバイスだけでクリアーできるはずです。

そして今のぼくです。
少なくとも、30歳歳の離れた彼にお手本を示さねばなりません。
技術も、海に向かう姿勢も、そして「好き」な度合いも・・・・。
30年間、あまりやっていることは変わっていません。
確実に衰えた体や、少し弱気になった心はどうしようもないけれど、「好き」な気持ちは
対象は変われど、根本は同じまま・・・・なはずです。
だから自分はまだ大丈夫・・・・・・。
そう、自分に言い聞かせます。

この冬、ぼくもまだ成長します。

by hwindlife | 2008-11-11 00:18 | カイトボーディング