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カイト乗り収め・・・・

年末のこの二日。
寒気が日本列島を覆っています。
典型的な冬型の気圧配置で、日本海側は雪。
天気予報は10m以上の風だといっています・・・・。

ぼくはこの二日、豊川、そして蒲池と強風の中ひとりで海にでました。
強い風の中、海に向かい合い、躊躇い、その末なんとかぼくは海に出ました。
海に出ていた時間よりも躊躇っていた時間のほうが長かったかもしれません。
海水はすっかり冷たく、なにより風自体が冷たかった。
しばらく海をゆきかっているうちに、手の指の感覚はすっかりなくなっていまいます。
そうなってしまったときが、終わりのタイミングなのでした。

冷たい海からあがり、ヒーターを強くかけた車の中で体の感覚が戻るのをじっと待つ時間・・・。
実はこの時間がぼくは好きです。
カキ氷を食べた後のように、キーンと頭が痛く、乾き始めた潮が目のまわりでパリパリになっていく。
体が自分のものに戻る、そのしばらくの時間・・・・。
ぼくは冬の海に入ったという事実を、体の余韻で確かめています。
そしてぼくの中で、「海に関わる自分」」という「部分」が確かに今存在していることに
喜びを感じ、そして安堵しているのです。
ぼくの中の他の部分、たとえば「仕事」とか「家族」とか・・・・。
それらに比べても少なくとも同じくらい、ぼくには大切で必要な部分であるからです。
ぼくがぼくであると、一番明確に実感する「部分」。

この寒波に海に入れたのは幸いでした。
ぼくはこの余韻のまま、年を越せそうです。
そうなら・・・・幸せです。

by hwindlife | 2007-12-31 23:11 | カイトボーディング  

「ただ、マイヨ・ジョーヌのためでなく」

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この本を、ずっと読んでいました。
かれこれ、二週間・・・・。
ずいぶん遅いペースです。
それは、この本から感じ、そして影響されることが必ずある予感が読み始めたときからあり
何度も、反芻するように読み進めたからです。

夜、眠る前、ベッドで・・・・。
週末、海からあがったビーチで・・・・。
静かなヨットでの午後に・・・・。
そして今日、出張の金沢からの帰りの電車の中で最後まで。

これはランス・アームストロングという自転車レーサーの癌闘病記です。
幸運にも癌から生還し、そしてなんとあのツール・ド・フランスで優勝するのです。
復帰後のツールでのレースシーンはノンフィクションならではの詳細な描写に臨場感があり
あらためて自転車レースの面白さを感じました。
マイヨ・ジョーヌとはロードレースのポイント・リーダーが着る黄色いレーシングジャージのことです。

それにしても、すごい人です・・・・。
彼が「選ばれたひと」であることは疑う余地もありません。
それでも・・・・・・。

ぼくはこの本で一番印象深かったのは、癌を克服してから、ツールに戻ってくるまでの
「心の葛藤」の部分でした。
一度手にした「もの」を病気によって失い、世間からも見放されていると感じる彼。
命が助かっただけでも幸運です。
でも生き続けるには、モチベーションが必要なのです。

ぼくは乗り換えの駅を、乗り過ごすところでした。
読み終わって、しばらくボォッとしていました。
確かにぼくの中に何かが強烈に残っているけど、それが何なのか解らずにいました。
今も、はっきりとはわからない。
でも、自分の呼吸が楽になるような、そんな後感がありました・・・・。

しばらくしてまた、折り目をつけたページを(ぼくの読書のくせです)読み返してみるつもりです。

by hwindlife | 2007-12-28 00:07 | 好きなこと大切なこと  

クリスマスの約束

実は密かに楽しみにしている番組があります。
毎年クリスマスの夜に放映される小田和正の「クリスマスの約束」。
クリスマスに行われるライブですが、彼がいろんな他のアーティストの曲をカバーしたり
ステージで共演したり・・・・。
ぼくは何年か前、この番組を始めてみた時、少なからず驚き、そして感動しました。
ぼくの小田和正の印象は、自分にも他人にも厳しく、そして寡黙で・・・・・・。
他のアーティストと共演することなどきっとない、ましてカバーなど絶対にない・・・・。
そんなイメージでした。

ところがその番組でみた小田和正は、そんなイメージを裏切りました。
ぼくとつとはしていますが、許容し、受け止めて、包むような安心感があります。
歳を重ねたからでしょうか・・・・。
もしそうなら、歳をくうのは悪くない・・・・そう感じたのでした。

今年はさだまさしとの共演がよかった。
二人でコラボレーションして作ったうたは、ぼくの心を震わせてくれました。
55歳のさだまさし、60歳の小田和正。
その世代だからこそ感じる人生観を、美しい言葉と詩で表現していました。
そんな表現ができる彼らに強い嫉妬を感じるほどです。

ぼくの青春時代の新進アーティストは、もうとても深い年齢になっていました。
もちろんぼくも、同様に歳を重ねています。
ぼくは若いころオフコースにしろグレープにしろあまり好きではなかった。
それでも今は、その彼らの作るうたに共感し、感動します。

老いていくのではなく、歳を重ねて深くなっていきたいものだと、ぼくは彼の変わらず
澄んだ声を聞きながら、そう感じたのでした。

by hwindlife | 2007-12-26 23:36 | 好きなこと大切なこと  

インディゴブルー

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ぼくの一番好きな色・・・それはインディゴブルー。
濃い藍色。
深い海の色。
光が届かない深い海が、それでもほんの少しの空の真実の色を反射する・・・・・・。
でもそれだけじゃない・・・・。
そんな海の色。

吸い込まれるようなそのブルーに、いつからか強い思いを抱いています。
ぼくは自分のヨットを、このインディゴブルーで塗り替えました。
吸い込まれそうに深いブルーの海をはしるとき、そこに完全に同化している
自分の船を思い浮かべて・・・・・。
マリーナの中で、これが海の色とは思えないようなところに浮いているときにでも
このハル(船体)の色を見ると、あの深い神秘的で少し恐ろしくもある、あの海を思い出すのです。

自然の色を集めた色鉛筆があります。
一集につき30色、三集で90色の自然の色が集められた、素敵な色鉛筆です。
樹木の色、花の色、鳥の色、光の色・・・・・。
その色たちに付けられた名前も綺麗です。

その中に「インディゴブルー」もありました。
ぼくは古いスケッチブックを探し出して、そこに海の色を塗ってみました。
ビーチから見れば、浅い珊瑚の海は砂浜の白から始まり、そして薄いグリーン、
そしてそれは次第に青に、そして藍に・・・・・・。
空との境目は、インディゴブルーです。そしてそこからまた空の白が始まり
そして次第に青く、蒼く・・・・・。
それでもあんなに深く濃い「ブルー」は空には存在しないように感じます。
あの濃藍は、空の色だけでなく、海そのものの質感を表しているような感じです。

神秘的で怖ろしくもある、そんな色・・・・。
でもそれがきっと、ほんとうの海の色なのです。

by hwindlife | 2007-12-25 22:43 | 好きなこと大切なこと  

海の恵み

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(風速計 風速10m)

すべてのサイズのカイトとボードを積んできました。
どんな風でも乗る気です。
体調は悪いけど、乗らなきゃいけない、そんな気がしていました。
そしてぼくは、いつもの海に10時前に着きました。。
海は・・・・真っ白です。
風による白波・・・これを「うさぎ」とぼくたちは呼びますが、うさぎがいっぱいです。
結局、いつもと同じ一番小さなサイズでいいようです。

ビーチには誰もいません。
ビーチどころか、うさぎの飛び交う荒れた海には船舶の姿も見えず、ひとりぼっちの感いっぱいです。
それでも車の中で「全力少年」を大きな音量で聞いてから、ゆっくりとビーチに降りました・・・・。

平均的に風速は10mくらいで北西です。
風は時折、息を吹くように吹き上がります。
吹き上がる風は北よりです。
つまりきっと、中部地方へ張り出した高気圧が上部が少し膨らんで「縦」すじの等圧線に
なっているのでしょう。
北西のレギュラーな風、時折吹き上がる北よりの強い風・・・・。
それを乗り継ぎながら、ずいぶん長い間、海を行き交いました。
風も海も、そんなに冷たく感じませんでした。
むしろ動きまわる体にはここちよい温度でした。

お昼前、ぼくは満足してビーチにあがりました。
予測では、この風は午後にはもう少し北に振れて、そして落ちていくでしょう。
もっとガスティーになるかもしれません。
いい、あがりどきです。

しばらくカイトの横で座り込み、海を見ていました。
ここは三河湾の一番奥です。
右手には蒲郡の町並み、正面には西浦の半島が見えます。
左手は渥美半島です。
ポツンと三河大島が浮いています。
大きな湖のような海。
スナメリの住む海。
エメラルドグリーンの海じゃないけれど、ずっと残したい自然です。
こうして海に対峙して、そこからもらう「ちから」は今のぼくには、かけがえのないものです。
そしてそうして、きっとこの先もぼくや息子や家族や友達に、ちからを与えてくれる。
海の「恵み」は、海産物だけではないのです・・・・・。

ぼくはその後、すぐ近くのマリーナに寄り、併設された温泉に入り
ヨットの中でしばらく読書をしながら、眠ってしまいました。
風に揺れるリギンの音が心地よく、ずっと夢の中でも鳴っていました・・・・・。

by hwindlife | 2007-12-24 23:12 | カイトボーディング  

風がどこかへいっちゃった・・・・

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予報では北西の風が吹くはずでした。
朝から海へ入る気満々で、スタンバイしていました。
しかしネットで風の実況を確認すると、伊良湖岬でなんとか8mくらい吹いていますが
伊勢湾ではなんと南よりの風です。
おかしい・・・・・。
天気図をチェックしてみると・・・・・通過していった低気圧とその後ろの高気圧の間に
もうひとつの気圧の谷があることがわかりました。
それがまだ近畿地方から養老山脈にかけて存在するのです。
それに向かって吹き込む南東よりの風なのです。
その気圧の谷が東海地方を通過しないと、北西の風は吹きません。
ひょっとすると、どこかでは吹いているかもしれないし、夕方は可能性があります。
でも・・・・今日は諦めることにしました。
明日がまだ、あります。

風にすっぽかされたので、いつもの公園へ行くことにしました。
行くところに困ったら・・・・・大高緑地です。
今日はクライミング用ロープを持ってきました。
森の木でブランコします。
クライミングハーネスをつけて、木から垂らしたロープにカラビナで繋ぎます。
息子は大声を張り上げて、仰け反りながらはしゃぎます。

お次はスケボーです。
通常のスケボーよりも長いサイズのボード。
これに二人で乗って、坂道を下っていきます。
息子は上手にバランスを取って、ボードの先端に座ります。
100mくらいすべり、また坂を上ってすべり・・・・・・・。
気がつけばあたりはすっかり暗くなっていました。

明日は吹くでしょうか。
少し暖かなのが気になります。
でも明日は朝から海でスタンバイするつもりです。
海に・・・・どうしても入ります。
体の中の潮が・・・切れているのです。

by hwindlife | 2007-12-23 20:05 | 息子とのこと  

雨の日はクライミング・・・・


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三連休、初日。
朝から激しい雨です。
予報でわかっていても、休日の雨はとても気持ちを低調にさせます。
玄関のホールから降りしきる雨を見ながら、今日はどう過ごそうかな・・・と思案していました。

振り返るとクライミングウォール・・・・。
そうだ、ここへロープをセットして息子とクライミングしよう!
少し前に息子用のクライミング・ハーネスを仕入れたところでもありました。
息子に提案すれば、乗り気な反応。

壁の上部に「トップ・ロープ」をセットして、クライミング開始です。
基部の数手は、下で支えながらロープなしで登ったことのある息子。
でもロープをつけるとなんだか勝手が違うようです。
そうなんです。
ロープは決して邪魔にはならないけれど、それを付けていると気持ちが随分変わります。
安全ではありますが、「自由」がなくる。
その「自由」は気持ちの問題です。
ちょっとした「依存」が、心を束縛し、そしてそれが動きに反映されてしまうのです。
ロープなしで登ったときよりもあきらかにぎこちない動き。
子供の心理も、大人の心理も同じだと感じました。

「フリー・ソロ」というクライミングの中での登り方があります。
これは墜落した時用のロープなどを一切使わず、ルートと向き合う「方法」です。
クライミングは降りる(クライミング・ダウン)ことは登ることより難しいので
行き詰まり、腕力を含めて持久力を失ってしまえば落ちるしかありません。
ボルダリング程度の数メートルの高さなら怪我も少ないけれど
数十メートル、数百メートルに及ぶルートなら間違いなく、死ぬ・・・・・。
失敗すれば「死」。
それに挑むとき、押しつぶされそうなプレッシャーと戦い、そして雑念を払い、集中し・・。
それができた先、クライマーはほんとうの「自由」(フリー)を手に入れるのです。
自分と岩との間には、何も存在しないフェアーな状態。
大きなリスクとの引き換えに手に入れる、本当の「自由」。
多くの邪念を含めたものから解き放たれるためには、そのリスクを甘受する選択が必要なのです。
命をかけた「場」で、はじめて感じる「自由」。
「昇華」していく自分。

室内の小さなウォールで、そんなリスクやら自由やらは大げさな話ですが
息子のちょっとした心理の変化に、クライミング時代の「リスク」を思い出したぼくでした。

by hwindlife | 2007-12-23 10:43 | 息子とのこと  

クリスマスカード

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ハワイの友人家族からクリスマスカードが届きました。
アラモアナのマキキ教会の前でその家族5人が微笑んでいます。
この教会、お城!をイメージした建物なんです。
なんでも「高知城」だとか・・・・・。
オアフのアラモアナを少し入ったところにこんな建物があることがびっくりだし
ここに住む日本人たちの、祖国に対する「想い」みたいなものを感ぜずにはいられません。
建物の中は普通の教会ですが、礼拝堂は天井の高い静かな空間です。
ぼくにも思い出がある場所です・・・・・。

クリスマスカードを息子に見せると・・・・
「ヒロくん、ゴロくんだー!!」としっかりその顔を覚えているようでした。
そしてぽつりと一言・・・・
「ちょっとかかるけど、またくるからねーってヒロゴロくんにいったんだぁ・・・・」

彼らと過ごしたこの秋のオアフは、息子の記憶にしっかり刻まれているようです。
いつまでも彼らと息子が「友人」でいられるよう、機会を持っていきたいものだと思います。

グァムのビーチサイドの家で歩行器に座って動き回っている1歳に満たないタマちゃんの様子を
とてもクッキリと覚えています。
つい最近のような気がするのに・・・
一緒に出た自転車の大会でのタマちゃんの走りはすごかったな・・・・・。
でも息子があんなふうに走れるのも、きっとすぐでしょう。

それにしても、時間が経つのは早いものです・・・・・・・・。

by hwindlife | 2007-12-20 00:54 | 友人のこと  

ドラエモンの手

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土曜日、ぼくは知多の海岸を彷徨っていました。
低く垂れ込める暗い雲が伊勢湾をフタをするように覆っていました。
そのせいで、風はガスティー。
海は海苔の養殖の「棒」が一面に打たれて、限られた海岸でしか遊べません。
その唯一の海岸は・・・・すでに先客のカイト・サーファーが何人か入っています。
狭いその海面に、ぼくの入る隙間はないように見えました。
ぼくは「入る」海を探し彷徨い、結局、帰ることにしました・・・・・。

日曜日、風は残っていました。
昨日とうって変わって空は青空。
ぼくは三河湾の豊川河口へ向かいました。
そこではすでに友人がカイトをあげていました。
友人に連絡もせずにここへ来たけれど、こうして会えるのは嬉しいものです。

寒い日です。
でも風は程よく強い。
迷わず7㎡をセットし、友人に上げるのを手伝ってもらって海に出ました。
寒いけれど、気持ちいいい。
大きなジャンプやトリックなどまだぼくにはできないけれど、プレーニングしスイッチし・・・。
白波の踊る海を行ったり来たりで、充分に楽しい。
ちょっとだけにしよう・・・・そう思って海に入りましたが、ぼくにしては随分長く乗っていたようです。
そろそろ、剥き出しの手の感覚がなくなりはじめました。
走りながら指を口に入れて暖めますが、感覚は戻らない。
そのうち指の感覚がなくなってしまうと、手首から先は「グー」の状態です。
自分では指がないように感じ、まるでドラエモンの手になっちゃったかのようです。
もう今日はこれくらいにしましょう・・・・。
でも、もうちょっとだけ乗りたかったな・・・・そう思いながら感覚が戻りはじめて
ちょっと痛く感じる指を息を吹きかけて暖めました・・・・・・。

日曜の夜は苦手です。
簡単に言えば「サザエさん症候群」のぼく。
でもこうして海に出て、疲れが体に余韻を残しているような日は、静かな気持ちでいられます。
海のエネルギーかな。

前向きに海に向かった自分が、ちょっと好きだった週末でした。

by hwindlife | 2007-12-16 23:18 | カイトボーディング  

後天的関係

ライディング・ジャイアンツ
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久しぶりに「ライディング・ジャイアンツ」を観ました。
カリォルニアの「マーベリック」やマウイの「ジョウズ」のライディングシーンは
そんなビッグウェーブに入れないものさえ、震撼させる凄さがあります。
時速にすれば60kmを超えるスピードで、5階建ての建物よりも大きな波が迫るジョウズでの
シーンでは、とても苦しくなり、気がつけば知らぬ間にぼくは息を止めていたのでした・・・。
何度観ても、この映像はその時々に違った感覚を刺激的に心の奥に残します。
「あそこ」にいたい・・・そうは思えないけれど、そこにいたら感じるであろう「恍惚」な魂の震えを
これから生きているうち、感じることが出来たら幸せです。

この映画には多くの尊敬すべきサーファーたちが登場します。
ジェリー・ロペス、ピーター・コール、ケリー・スレイター、デイブ・カラマ・・・・・・・。
そして誰よりも、レイアード・ハミルトン、彼の義父のビリー・ハミルトン。
何度もビリー・ハミルトンが息子のことを語るシーンがあります。
友達のように、そして先輩らしく、なにより愛情満ちた父親としてのコメントが胸を打ちます。
息子のことを尊敬し、認めているのがよくわかります。
息子のレイアードは、小さな頃からレジェンド・サーファーの父親を誇りとして、慕ってきたのが
わかります。

最初に出会ったのは、レイアードとビリー。
レイアードが小学生の頃、ビーチでボディーサーフィンをしていたとき、有名なサーファーだった
ビリーと出会ったそうです。
その後、母親に幼きレイアードがビリーーを紹介し、そしていつしか父親に・・・・・・・。
血が繋がっていないのです。
それまで父親がいなかったレイアードは、しっかりその「父親」の影響を深く受けて
希有なビッグ・ウェーブサーファーになっっていったのでした。

所詮、父親は「産んで」いないので、子供との関係は最初は希薄です。
血が繋がっているという実感は、ほんとうはあまりないのです。
目元が似ているとかなどという部分で、父親としての確信を感じることができたとしても
それはきっと母親が体の、心の奥底から本能として感じる「繋がり」とは程遠いものと感じます。
父親は、母親が出産してすでに確立している「絆」を、産まれてから以降
後天的に築いていかねばならない宿命であるように感じます。
だからこそ、父親はそこに「努力」が必要なのです。
親子になるために・・・・・・。

レイアードとビリーの関係に、いつもと違った「思い」を感じた今日でした。

by hwindlife | 2007-12-15 22:29 | 息子とのこと