黄色の「アシンメトリカル」の思い出

ウィンドを始めた頃、友人から中古のボードを譲ってもらいました。
それはハイテックというマウイのブランドの小さなウェーブボードでした。
ア・シンメトリカルなそのテール部分の形状は、ウェーブの本場、マウイの匂いがして
とても「夢」膨らむものでした。
非対称である理由は、アウトへ出るときはできるだけ風上へ上るためレールを長く使い
波に乗るときは、クイックにターンするために短いレールを使う・・・・。
テール部分をシャークに齧られたかのようなので「シャークアタック」などと呼ばれてもいました。
ぼくはこの240cmほどの小さな黄色いボードと、そして同時に譲ってもらったEZZYのセイルで
何度も何度も、御前崎の海に通いました。
御前崎でも少し異端なその形状は、ちょっと注目の的でした。
ぼくはずいぶんと長く、この黄色のボードに乗り、愛着を持っていました。
そしてあまりに酷使したこともあり、ある大きな波の日、思い切り巻かれ、そしてボードは
真っ二つに・・・・・。
哀しくて涙が出たことを覚えています・・・。

ハイテックの創始者、そしてシェイパーのクレイグ・メイソンビルが好きでした。
家には、彼が10階建て!のビルほどの波のボトムで、セイルを倒しながらボトムターンする
ポスターをいつも見える場所に貼っていて、見るたびに、何度も心臓が「ドキン」としました。
そんな彼がシェイプしたかもしれない、黄色いあのボード。
ぼくのウィンドの始まりを彩った、主役でした。

その黄色いボードを譲ってくれた友人から、そう十年以上の久しぶりに、メールをもらいました。
その友人は今はアメリカに住んでいます。
そのメールを読みながら、ぼくはあの「黄色いボード」を思い出していました。
懐かしさで、いっぱいになりました。

ボロボロのマーク2のバン、黄色いア・シンメトリカル、裾の破れたウエットスーツ
そして尾崎豊の「シェリー」・・・。
あの頃の、ぼくのウィンドと生き方を象徴するものたち。
すぐにでもポキリと折れてしまいそうな危うさでぼくは生きていたように思います。
あの頃のぼくを、できるならば今、大丈夫だから・・・と励ましてやりたい気分です。
一生懸命、何かを探して、それを海に求めて・・・・。
でも、そう、今でもそれはそんなに変わっていないのかもしれません・・・。

「 シェリー あわれみなど受けたくはない                
        俺は負け犬何かじゃないから                
        俺は真実へと歩いて行く                  
  シェリー 俺はうまく歌えているか                  
        俺はうまく笑えているか                  
        俺の笑顔は卑屈じゃないかい                
        俺は誤解されてはいないかい                
        俺はまだ馬鹿と呼ばれているか               
        俺はまだまだ恨まれているか                
        俺に愛される資格はあるか                 

        俺は決してまちがっていないか               
        俺は真実へと歩いてるかい ・・・・・・」

尾崎豊 「シェリー」より

ぼくは・・・・ぼくの「真実」へと歩いているでしょうか・・・・・。

by hwindlife | 2008-05-13 23:13 | 友人のこと  

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