冬の海で想う

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週末、ヨットのレッスンで海に出た。
冬にしては穏やかで、風も弱く、日差しも暖かい。
しばらく沖へエンジンをかけて出て、わずかな風を掴んでセーリングに入る。
誰もが、ヨットに初めて乗る誰もが、エンジンを止めてセーリングに入る瞬間、驚く。

10t近くもあるセーリングクルーザーが、音もたてずに海を進むのだ。
もちろん、風の音、波の音、海に自然に存在する「音」はあるわけだけれど
その中を、ずっと前からそこにいたかのように「自然」な振る舞いで、進むのだ。
風の強弱に、体を震わせるようにヨットは身震いし、左右にわずかに揺れる。
波の腹を、潜り、浮き上がり、そして滑る様は、まるでシャチが水面で戯れているように。
こんなとき、ぼくはヨットが「喜んでいる」と、感じる。
そしてこんな静かで、自然な乗り物がこの世にあることに、だれしもが驚くのは無理もない。

ぼくは長く、「ビジネス」の世界で生きてきた。
もちろん、今でもそれは継続しているわけだけれど。
ただ、それが成功しようが、失敗しようが、少し息苦しかったことは確かだ。
ぼくは、自分が本当に「自然体」で息が出来る場所で、これからの人生の多くの時間を
過ごしたいと願った。
ヨットをパートナーに、海を感じたい人たちを、そこへ導くこと。
結果としてのビジネスはそこに存在しても、本質はぼくの「希望」であること。
それは、小さな行為だけれど、自分にとっては今までになく深いものだと確信できる。
量では測れない、ささやかであるけれど、自分の魂が喜ぶ行為・・・。

今、ぼくはとても幸せなのだと、喜んで進むヨットが作る航跡を眺めながら思う。

今までの長い人生の時間は、ここに「来る」ために存在したのかもしれない。
でも、けっしてそれは、遠回りだったわけではない。
ぼくは、ぼくという人間には、この時間が必要だったのだ。
夕暮れの海を見て、ただ、夕焼けが美しいと思うのではなく、そこにいる自分を
クロスオーバーさせながら、その時にそこにいられることへの、感謝ができるには
人生の時間が必要なのだと、思う。

さて、ここからがぼくの人生の本番。
素敵な生き方をしたい。
「ビジネス」もぼくらしく、進める。

冬の風は、その意思がはっきりとわかるほど、わずかでも重い。
手ごたえがある・・・。
だから、好きだ。
この風を、しっかりと掴んで、そして流すのだ。
流すことで、そこに「揚力」が発生して、船は進む。
人生の「風」もおんなじだ・・・。
そしてぼくは、大海に浮かぶ小さな船。
自ら風の中に身を置き、そして半身で風をいなし、進む。
ああ、これからの生き様だな・・・なんて思っていたら、ずいぶんと無口になっていた。

レッスンだから、それはまずい。
我にかえって、少しアドバイスをし、ホームポートに帰る。
暖かな、いい、冬の日だった。

by hwindlife | 2010-12-13 19:03 | ヨット  

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