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追憶 その2

ぼくの風貌たるや、それはその時点でも少し時代遅れのヒッピー風。
髪は肩まで伸ばし、それをときには後ろでひとつにとめていました。
身長173cmで体重は55k弱。
体脂肪は5%を切っていたかもしれません。
不格好に盛り上がった方の筋肉。
ボロボロの指先。
細い脚。
黒い顔・・・・・。
40kgもある薄汚れたザックを担ぎ、トボトボ歩く姿は、怪しくまわりに映っていたでしょう。
これが山中ならともかく、ダウンタウンではただのホームレスです。
この怪しい東洋人を乗せる勇気がある車は、めったにはありませんでした。

ヨセミテに行くにはロスからルート99を北へ向かいます。
マーセドという町から、東へ向かえばヨセミテ・ナショナル・パークの入口に達します。
ロスから約1000km。
ぼくはサンタモニカを離れ、ルート5沿いに歩き、そのインターチェンジの入口付近で
またあの段ボールを掲げました。
4月とはいえ、日中のロスの日差しは強く、暑い・・・・・。
ぼくに、目もくれずに通り過ぎる乗用車。
チラッと見るけれど、目をそらし、また通りすぎるバン。
朝からそこに立ち、朦朧としはじめた夕方、大きなトレーラートラックが、少し前で止まりました。
ひょっとして乗せてくれるの?
ぼくはヨタヨタと近づき、そのトレーラーの運転手に、すがるような思いでヨセミテへゆきたいのだと
言いました。
聴きとりにくい英語で、あまりよくわからなかったけれど、マーセドまでなら乗せてく・・・。
そう聞こえました。
ぼくは大急ぎでザックを取りに、戻り、そして二階建てバスのようなトレーラーの助手席に
よじ登りました。

あきらめかけていました。
バスでゆく方法も考えなくちゃ、とも思っていました。
だから、はじめてのヒッチハイクができたことに、少し興奮していました。
何度もつたない英語でお礼を言いました。
少し腕っ節の太い中年の彼は、いろいろと聞いてきますが、ほとんど聞き取れません。
少し気まずいけれど、ぼくはぼくなりの英語で、ロッククライミングに来たこと。
これから二か月以上、ヨセミテに滞在して修行すること。
学生であること。
自分のことを、言葉を探しながら、少しづつ話しました。
フレスノという町でいったんインターを降りて、町中のトラックヤードに寄りました。
ぼくはしばらくトラックのそばで、用事がすむのを待っていました。
もう日が暮れはじめていました。

アメリカのずっと中に入ってきた感じがします。
ロスのダウンタウンにいたときより、ずっと遠くに、知らないところへ来た感じです。
緊張はまだ解けてなくて、ときどき気を許すと、胸の奥が「キュッ」としぼむような衝撃があります。
ぼくの緊張しているときの、「くせ」です。
空は赤く焼けていて、美しいけれど、寂しげです。
緊張をゆるめたら、泣いてしまうかもしれません。
ヨセミテに行かなくっちゃ・・・・・・。
それだけが、ぼくをここにいさせる、理由なのです。
若き、単純で、強い、思いこみです。
でもそれは、とても人を強くさせるのです。
今思うと、そう感じます。

ロスから約8時間、マーセドについた頃は深夜でした。
ぼくはしばらく眠っていたようです。
揺り起こされ、ここまでだと言われ、丁寧にお礼を言ってトラックを降りました。
深夜のルート99のインターを離れ、町中のほうへ向かって歩いてゆきます。
マーセドは小さな町で、少し歩くとすぐ町の中心部らしき場所につきました。
中心部のバスターミナルのベンチで、その日は眠りました。
朝、通勤の人たちが行きかう時間まで、ぼくは誰にも起こされず深く眠っていました。

マーセドはヨセミテの玄関にあたる町です。
ここから先、道は山深くなり、町らしい街はありません。
これから長く、ヨセミテで暮らすために、ここで食料をある程度調達するつもりでいました。
それには格安のディスカウント・スーパーを探さねばなりません。
日本で取得した情報で、この町には大きなその手の店があると聞いていました。
ぼくは、歩き、聞き、その目的の店を探しまわりました。
小さな町です。
お昼過ぎには、その大きな倉庫のような店にたどり着きました。
ぼくはたくさんの、期限ぎれの缶詰を買いました。
特に・・・・安かった大豆の缶詰はたくさん買いました。
それを、持ってきたサブザックいっぱいにして、またターミナルに帰りました。
ぼくはターミナルに寝泊まりして、数日、買い出しに励みました。

さて、そろそろヨセミテにいくタイミングです。
ここから100km。
重たい荷物が増えちゃったから、歩いていくわけにはいきません。
バスは・・・・・60ドル!もします。
これはやっぱり、誰かに乗せてもらうしかありません。
ターミナル近くで、また段ボール・・・です。
何度も手をあげ、ダンボールをかざし・・・・・・一日中道に立ち続けても、止まってくれる車は
ありませんでした。
もう気持は逸っています。
早くヨセミテでクライミングしたい!
もうバスで行ってしまおうか・・・・・。
そう思いはじめた三日目の朝、三人組のミニバンがぼくの前に止まりました。
彼らもヨセミテへクライミングにいくと・・・・。
お願いします!乗せてって!
ザックと食料の入った段ボールふた箱をトランクに入れてもらって、乗りこみました。
彼らはコロラドから来ていること、今年はヨセミテがまだ少し寒そうだから、様子を見て
もっと南の岩場へいくかもしれないと・・・・。
ぼくは寒くてもなんでも、ヨセミテにいくしかありません。
いくつか有益な情報を聞かせてもらっているうちに、そう、憧れのヨセミテ!です。

ヨセミテはヨセミテ渓谷であり、両サイド岩壁に囲まれた谷(バレー)です。
両サイドの岩は垂直に1000mを超えます。
白く、輝く美しい花崗岩です。
バレーは広く、その中心に川が流れ、熊やシカなど多くの動物が住んでいます。
直径10kmくらいのそのバレーに、国立公園のビジターセンターやキャンプ場が点在します。
ぼくはその中で、一番チープな、通称「キャンプ4」の前で降ろしてもらいました。
チャンスがあれば一緒に登ろう・・・そう声をかけてもらい、少し嬉しかった。
でもここへようやく来たことに、来れたことに、激しく興奮していました。
ヨセミテだ!これがあの、あこがれたヨセミテだ!
ぼくは希望に満ち溢れていました。

つづく

by hwindlife | 2009-04-06 22:37 | 好きなこと大切なこと  

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